原作者はイギリスのアンドリュー・ロイド・ウェーバーで彼の作品にはキャッツ・オペラ座の怪人・エヴィータ等があり、ミュージカルファンで無くてもキャッツは「劇団四季」でも公演されているので知っている方も多いでしょう。

 スターライトエクスプレスは、子供の夢の中でおもちゃの機関車達がレースを行う物語で愛・勇気・希望を与えてくれる話です、出演者はローラースケートでステージ上を走りまわりスピード感あふれるシーンが人気を呼んでいました。
 残念ながら日本での公演はおそらくもう無いと思いますが、イギリス(ロンドン)ではまだ公演されています。
 アメリカ・イギリス・オーストラリア・ドイツ等、世界各地で公演されている中で、日本公演は畳4,000畳分の大アリーナステージで公演された世界最大規模のミュージカルでした。
 初回公演は、東京と大阪だけでしたが二回目の僕が出演した時は、横浜アリーナ ・ 名古屋レインボーホール ・ 福岡国際センター ・ 広島サンプラザ ・ 大阪城ホールの5つの都市で185回の公演が行われました。制作はFNS系列5局でフジテレビが中心となりキリンビールのスポンサーで行われました。

 

 

スターライトエクスプレス

扉を開けてみましょう
僕にとって初めての海外での生活が始まりました。
そこは「ロンドン」イギリスの首都になる「ロンドン」

僕にとって全て初の!!経験でした。
あたりまえですが右も左も外国の方ばかりで、
前をみても外国の方ばかりで
そしてふと鏡をみると
一人のアジア人である「僕」が映ってるわけで
そんなアジア人の僕自身が外国人だった。
今思えば、仕事に関る周りの方は非常に優しく僕を受け入れてくれていた。
初めの一ヶ月は毎日毎日ただただ毎日、部屋とリハスタジオの往復でリハーサルの毎日でした。
ロンドンの冬は非常に寒く
革ジャンなしでは冬は歩けないくらいです。
写真に載っている一枚のパンフ
それが僕のステージだった。
1年間僕はここ「ロンドン」で「スターライトエクスプレス」というステージで僕自身を試してみました。
ローラースケートをはいてメイクし、重い衣装で身をまとい
いざ!!!
初日へ・・・・
記憶の扉を開けてみます。

 

初日

いよいよツラカッタリハーサルも終わり「本場」ロンドンでのスターライトエクスプレスの初日を迎えました。
僕が演じるのは「クラップ」
写真を見てください。
センターにサングラスに帽子をかぶり踊って浮かび上がっている「クラップ」が見えます。
それが僕です。
当時僕は20歳・・・
ただただ日々一生懸命に時間を過ごしていました。
では初日の扉を開けて見ましょう

オープニングの「ギャング」から衣装を変え「クラップ」になります。
ショウが始まり25分からが僕の出番です。
僕は舞台裏でスタンバイします。
そこは真っ暗!!!で何も見えない世界。
舞台裏での僕の頼りは音!!!
ガソリンの臭いが鼻につく
歴史ある「アポロビクトリアーシアター」ということもあり

とにかく「古さ」を感じる劇場でした。
さていよいよ僕の「登場」となるイントロが流れ始めました
ステージ中央部分が観音開きになり真っ白に広がる「オビタダシイ」スモークの中から不気味に僕が登場するのです。
それが今回の写真浮かび上がる「僕」なのです
どうでしょう。。たいしたもんでしょ〜〜〜
20歳の僕がこの異国の地ロンドンでスターライトのセンターで・・・
たいしたもんでしょ〜〜〜〜
「動き」には「自信」があった僕ですから
ダンス&ローラースケートには問題なかったです。
ってゆうよりかは
すごすぎ!!!ました
と自画自賛
問題は「歌」にありました。
日本公演の時は全て「口パク」でしたがここロンドンでは全てが「生」でした。
それと同時に全て「英語」なわけです。
がんばりました。
逆境を跳ね除けて・・がんばりました
今でゆうところ「F1」の「佐藤琢磨さん」のようでしょう
はじめは全くキャストにも相手にされずなんだこの「日本人は!」と思われていたと思います。
そうなると僕は負けず嫌いの者ですから、いつも結果オーライになるのです。
そして初日も終わり舞台裏では皆が僕をおだててくれたのを覚えています
その夜僕は喜びを抱きただ一人部屋に戻り弟が日本から届けてくれたビデオ「ドラエモン」の映画版を一人で楽しんでいました
それが僕のスターライトの初日の思い出となっています

次は舞台裏の扉へと進めていきます

 

 

クラップ

今回の扉は
「クラップ」・・・ようこそ「クラップ」へ。
最初思い浮かべることは「肌荒れ」ですかね〜
見てお解かりのように、いわゆる「白塗り」でしたね。
って言ってもここイギリスは紅茶の国ロンドンですから
やはり肌にも「ティータイム」事「ホット」やすらぐファンデーションだと思いますけどね
実際サングラスは常時つけた状態での本番でした。
マイクは帽子のツバの中央に非常に感度のよいピンマイクがさしてありました。
ささやき声でも声を拾ってしまうほどの感度のよさでした。
例えば、「ハァ〜ハァ〜」と息があれた場合も拾ってしまうのです。
こんな状態なので自分の台詞の時は全神経を集中させたものです
衣装は、日本公演の物とは全く違い
非常に動きやすく「意味」のある衣装になっていましたね〜
本場ロンドンでのステージでは、走行貨車ではなく「タクシードライバー」的なキーポイントとなる舞台の展開のナビゲーター的の役割って言えばうまく伝わるかな
って言うことは僕がキーポイントになるわけで
前回の「初日」の僕につながるわけですよ〜
少々「口」がとんがっていますけどね
この衣装もカタドリをし、僕の体に合わせてというか僕の体にしか合わない衣装を用意され1年間とてもすばらしい時間をすごさせていただきました。
1年間体系が変わらない僕はすごい・・・
きっとロンドンではスターライトが続いている気がします。
特に調べた訳ではありませんがそんな「気」がします。
むしろ調べようとは思いません。
僕にとっての1年間が100%の満足となるものとなったから。
ひとつの後悔もなく全て出し尽くしその全てが僕の
心と体にシミツキ未だにスターライトが行き続けています
だから僕はそこに戻る必要もないし、思い出に浸りすぎる必要もないわけなのです
それらの全てが今の「僕」をつくり
これからもなくてはならない「スターライトエクスプレス」だからです
これが僕のクラップとしての扉

次はロッキーのリハーサルの扉へ・・・

 

リハーサル

本日の扉は「リハーサル」

ようこそ「リハーサル」へ。。。
初日も無事終え半年が過ぎ僕はひとつの野望を抱いていました。
どうしても1年間の滞在の中でやり遂げたいことがあったのです
それは「ロッキー」という「ヤク」を演じてみたかったんです。
日本公演で僕の友達みったんも「ロッキー」を演じていましたが、
ロンドンでの「ロッキー」は全く日本の物とは違いそこには「文化」がありました。
写真を見ていただいたらお解かりのように黒人ばかりです
「ロッキー」とは黒人の方だけが演じきれる「ヤク」だったのです。
その中に僕は混じりどうしても「ロッキー」になりたかったのです
僕は演出家に「お願い」をしました。
「ロッキー」になる為に・・・
初めのうちは全く相手にされず断られていました。
「ねぇ〜あき・・・ロッキーとは黒人にしか演じきれないんだよ。
 スターライトが始まって以来変わることなく続いている伝統なんだよ!!」
確かに今思えば「ロッキー」が歌う歌にはブルースがあったりファンキーな音でのダンスがあったりしていました。
当時の僕はどうしても「ロッキー」になり黒人に肩を並べてみたかったのです
当時の僕はよく写真の中のパンイチの彼「アウジ」によく

「お前にはロッキーは無理だ!!お前は日本人。俺達とは到底バランスはとれないんだよ」
確かにそうです。
当時の僕は今の僕よりも痩せて肌の色を白く腕の筋肉も彼らに比べ細いもんでした。
でもどこかに「必ずできる!!という自信がありました」
なぜかはわかりません。
感じるというより確信していました。
そして僕はついに「ロッキー」の「アンダースタァディ」という「ヤク」を手に入れたのです。
つまり「控え」です。
しかし僕の前にその「アンダースタァディ」についている黒人が何人かいます
僕には彼らに負けない「ローラスケート」の技術とダンスがありました。
黒人の皆はどちらかというとおおざっぱ!大降り
それに比べ僕は繊細でキレのあるダンスをもっていました。
「お前がアンダースタディを取れたのはラッキーだけどお前には英語の発音がなっていない」
アウジにまた言われました。
そして僕は「クラップ」を演じた後、劇場にあるマシーンを借り「ジョージ」とトレーニングに励みました。
毎日です。。。
ただただ体をでかくする為に・・・
一人きりになってもまた体作りしていました。
僕の頑張りから「ジョージ」が英語のレッスンもしてくれるようになり「希望」を持つことが出来てました。
そんな「ジョージ」も初代「ロッキー」の一人として活躍していました
そしてついに僕が「ロッキー」を演じる日が。。。

リハーサルの扉はこのへんで・・・

 

ロッキーV

本日の扉は「ロッキーV」

ようこそ「ロッキーV」へ。。。
タイトルどうり僕は「ロッキー」の「ヤク」を手にしました。
「ロッキーT」「ロッキーU」「ロッキーV」その中の一つを演じる事で満足できました。
その後「ロッキーU」も度々演じることになり通算10回あまり「ロッキー」の「アンダースタディ」で演じることができました
彼らとのステージは非常に楽しく、毎回どこかでアドリブがはいり非常にリラックスして演じたのを思い出します
特に友達のパンイチの彼(リハーサルの参照)アウジからは本当に祝福してもらいました。
僕が始めて『ロッキー』を演じた日彼アウジがイタリアンレストランでパーティを開いてくれました
その時いただいたものは「ラザニア」「カルボナーラ」いつもお決まりで、この2品しか食べません。
彼らと時間を過ごしステージで共演し勉強させてもらったことは

「楽しむ」ということ

「見せる」訳ではなく「楽しむ」のです。

僕は今回この「スターライト」の思い出達の扉を開けてみて最近の自分に忘れかけていたものを思い出す事ができました。

そう・・・

「楽しむ」ということ!!!

当時の僕はその「イメージ」をもちがんばりました。「イメージ」に向かいただただ一生懸命になることが出来ました。
時には周りのレディ達に「ホモ」だと感じ違いされながらも遊ぶ事を忘れがんばっていました。
今も僕にしかわからないイメージを持っています。
そして皆さんにもそれぞれのイメージがあるはずです
そこに向かい楽しみ互いにがんばりましょう
4回にわたり僕の「スターライト」の話をさせていただきましたが、いかがでしたか?
部屋の整理をしていてロンドン時代の写真を手にいろいろな思い出が蘇ってきました。
まだまだ紹介したい写真もありましたが今回の僕のスターライトはこのへんで。。。

またご紹介できる日があれば楽しみにしていてください。

2004.12.13